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2025/12/4
広告の費用対効果(ROAS・ROI)を正しく計算し改善する方法
「広告の管理画面では成果が出ているように見えるのに、なぜか手元に利益が残らない……」
多くのWebマーケティング担当者や経営者の方が、一度はこのような違和感を抱いたことがあるのではないでしょうか。
広告費を投じて売上が上がるのは当然ですが、重要なのは「投資に見合うだけの利益が出ているか」という一点に尽きます。しかし、ROAS(広告の回収率)だけで判断してしまい、人件費や原価を含めたROI(投資利益率)を見落とした結果、気づかぬうちに「売れば売るほど赤字」という危険な状態に陥っているケースも少なくありません。
ここでは、広告運用の現場で私が実際に経験した失敗談も交えながら、ROASとROIの正しい理解から、表面的な数字に惑わされない本質的な費用対効果の改善策までを徹底的に解説します。
目次
1. ROASとROIの違いと使い分け
Web広告の成果指標として頻繁に耳にする「ROAS(ロアス)」と「ROI(ロイ/アールオーアイ)」。どちらも費用対効果を表す指標ですが、現場ではこの2つを明確に使い分ける必要があります。これらを混同してしまうと、現場の運用担当者と経営層との間で会話が噛み合わず、誤った投資判断を下してしまうリスクがあるからです。
結論から言えば、ROASは「広告の燃費」を確認するための指標であり、ROIは「事業の利益」を確認するための指標です。
私が過去に支援したECサイトのプロジェクトで、こんなことがありました。担当者は「今月はROAS 500%を達成しました!絶好調です!」と報告したのですが、社長は「でも、キャッシュが全然増えていないぞ」と首をかしげていました。
原因はシンプルです。その商品は原価率が高く、さらに配送コストや広告運用の外注費を含めると、ROAS 500%(広告費1円で売上5円)では、手元に残る利益がほとんどゼロだったのです。担当者は「売上の対比」しか見ておらず、経営者は「利益の対比」を見ていた。この視点のズレが、現場に混乱を招いていました。
それぞれの指標が持つ意味と、具体的な活用シーンを整理しましたので、まずはこの違いを頭に入れておきましょう。
| 指標名 | ROAS (Return On Advertising Spend) | ROI (Return On Investment) |
|---|---|---|
| 日本語訳 | 広告費用対効果 | 投資利益率 |
| 計算の焦点 | 広告費に対して「売上」がいくら上がったか | 投資コスト全体に対して「利益」がいくら出たか |
| 主な利用者 | 現場のマーケティング担当者、広告運用者 | 経営者、事業責任者 |
| メリット | 売上ベースなので計算しやすく、日々の運用調整(入札単価の変更など)に使いやすい。 | 原価や販管費も含めた「本当の儲け」が見えるため、事業存続の判断ができる。 |
| 注意点 | 利益率を考慮していないため、ROASが高くても赤字になる可能性がある。 | 計算が複雑になりがちで、リアルタイムな広告運用の調整には不向きな場合がある。 |
日々の広告管理画面とにらめっこして「キーワードの入札単価をどうするか」を決める時はROASを、月次の報告会で「来月広告費を増やすか、減らすか」という大きな判断をする時はROIを重視する。このように、見るべきタイミングと目的によって使い分けるのが正解です。
2. ROASの計算方法と目標設定
ROASの計算式自体は非常に単純です。
ROAS(%) = 広告経由の売上 ÷ 広告費用 × 100
例えば、広告費100万円を使って、500万円の売上が上がった場合、
500万円 ÷ 100万円 × 100 = 500% となります。
「1円の広告費で5円の売上を作った」という意味ですね。
しかし、現場で本当に悩むのは「計算方法」ではなく、「目標ROASを何%に設定すればいいのか?」という点ではないでしょうか。
なんとなく「ROAS 400%あれば御の字」とか「業界平均くらいを目指そう」といった曖昧な設定をしてしまうと、痛い目を見ます。目標ROASは、自社商品の「粗利率」から逆算して、論理的に導き出す必要があるからです。
ここで必ず押さえておきたいのが、「損益分岐点ROAS」という考え方です。「これよりROASが下がったら赤字になる」というデッドラインのことです。
損益分岐点ROAS = 1 ÷ 粗利率 × 100
計算が苦手な方でも直感的に理解できるよう、粗利率ごとの損益分岐点を表にまとめました。「自分の商品はどこに当てはまるか」を確認してみてください。
| 粗利率(売上原価を除く利益率) | 損益分岐点ROAS | 解説(1万円の商品を売る場合) |
|---|---|---|
| 20% (薄利多売モデル) | 500% | 原価が8,000円かかるため、広告費に2,000円以上かけると赤字。高いROAS維持が必須。 |
| 40% (一般的な小売) | 250% | 原価6,000円。広告費4,000円まで許容。ROAS 250%を下回ると危険。 |
| 60% (自社ブランド・化粧品など) | 167% | 原価4,000円。広告費6,000円まで許容。比較的低いROASでも利益が出る。 |
| 80% (デジタル商材・サービス) | 125% | 原価はほとんどかからない。ROAS 130%程度でも黒字化が可能。 |
もしあなたの扱っている商品の粗利率が20%しかないなら、管理画面でROAS 400%が出ていても、実は赤字(損益分岐点500%を下回っているから)なのです。
「管理画面上は黒字に見えるのに、銀行口座のお金が減っていく」という怪奇現象の正体は、この損益分岐点の認識不足にあることがほとんどです。
目標を設定する際は、この損益分岐点ROASに、確保したい営業利益率を上乗せして設定します。ギリギリのラインを目標にすると、少しのブレで赤字転落してしまうため、余裕を持った設計をおすすめします。
3. 広告費だけでなく、人件費や原価も含めたROIの算出
ROASで「広告費」と「売上」の関係は見えましたが、ビジネスの現実はもっとシビアです。商品を1つ売るためには、広告費以外にも様々なコストがかかっているからです。
ここで登場するのがROI(投資利益率)です。ROIは、広告費以外のコストもすべてひっくるめて、「最終的にいくら儲かったのか」を%で表します。
ROI(%) = (売上 – 売上原価 – 広告費 – その他販管費) ÷ 広告費 × 100
分子にあるのが「利益」です。これがプラスなら黒字、マイナスなら赤字。非常にシンプルですが、意外と見落としがちなのが「その他販管費」の内訳です。
具体的には、以下のようなコストを計算に入れているでしょうか?
- 人件費:広告運用担当者や、受注処理を行うスタッフの給与・時給。
- 物流費:商品の配送料、梱包資材代、倉庫の保管料。
- 決済手数料:クレジットカード決済や代引きにかかる手数料(売上の3〜5%程度)。
- 制作費・ツール代:LP(ランディングページ)の制作費、バナー作成の外注費、LPOツールの月額費用など。
以前、私が相談を受けたある健康食品メーカーの事例をお話しします。
その会社は、ROAS 300%(損益分岐点は250%)で運用しており、「利益は出ているはず」と考えていました。しかし、ROIを厳密に計算してみると、衝撃の事実が発覚しました。
「初回お試しセット」の配送コストが予想以上に高く、さらに広告運用を代理店に委託していた手数料(広告費の20%)や、コールセンターの人件費を含めると、ROIはなんとマイナス15%。
つまり、広告を出して商品を売れば売るほど、1件あたり数百円ずつ会社のお金が消えていたのです。
「見かけのROAS」に安心せず、一度泥臭くエクセルを叩いて、すべての経費を洗い出してみてください。特に、「自分の時間単価(人件費)」をコストとして計算に入れ忘れている個人事業主や中小企業の経営者の方は多いです。あなたの時間はタダではありません。そこも含めてプラスになって初めて、健全な事業と言えるのです。
4. 広告媒体ごとのROASを比較・分析
一口に「Web広告」と言っても、Googleの検索広告(リスティング)、ディスプレイ広告、InstagramやFacebookなどのSNS広告では、期待できるROASの基準値が全く異なります。
これらを全て同じ「ROAS 300%」という物差しで横並びに評価してしまうと、本来評価すべき優秀な媒体を停止してしまうミスジャッジに繋がります。
それぞれの媒体には「得意な役割」があります。サッカーで例えるなら、ゴールを決めるストライカー(検索広告)もいれば、チャンスを作るミッドフィルダー(SNS広告)もいるわけです。ストライカーとミッドフィルダーを「得点数」だけで比較するのがナンセンスなように、広告媒体も役割に応じた評価が必要です。
| 広告媒体 | 一般的なROAS傾向 | 役割と評価のポイント |
|---|---|---|
| リスティング広告(指名検索) ※会社名や商品名での検索 |
極めて高い (例:1000%〜) |
既に買う気満々のユーザー。「刈り取り」が役割。ROASが高くて当然なので、ここだけで全体を判断しない。 |
| リスティング広告(一般検索) ※「化粧水 おすすめ」など |
高い〜中 (例:200%〜500%) |
比較検討層へのアプローチ。競合も多くクリック単価が高騰しがちだが、コンバージョンには直結しやすい。 |
| SNS広告(Meta, LINEなど) | 中〜低い (例:100%〜300%) |
潜在層への「認知・興味付け」。直接コンバージョンしなくても、後日検索して購入されるケースが多い。 |
| ディスプレイ広告(リターゲティング除く) | 低い (例:100%以下も) |
幅広い認知拡大。直接のROASは悪く見えるが、指名検索数を増やすための「種まき」として機能する。 |
よくある失敗パターンとして、ROASが低いディスプレイ広告やSNS広告を「効果がない」とバッサリ停止してしまうケースがあります。
するとどうなるか。翌月から、これまで絶好調だったはずの「指名検索(会社名での検索)」の数がガクンと減り、結果として全体の売上が縮小してしまうのです。
「SNS広告で商品を知り、気になっていたユーザーが、給料日後にGoogleで商品名を検索して買った」
この場合、管理画面上の数字(ラストクリック)だけを見ると、手柄は全て「Google検索広告」のものになります。しかし、最初のきっかけを作ったのは間違いなく「SNS広告」です。
媒体ごとのROASを比較する際は、単なる数字の大小だけでなく、「ユーザーの購買行動のどこに位置しているか」を想像力が不可欠です。
5. 間接効果(アトリビューション)を考慮した評価
前章で触れた「きっかけ作り」の貢献度を、感覚ではなく数値で可視化する考え方が「アトリビューション分析」です。
これは、コンバージョンに至るまでのユーザーの接点(タッチポイント)を分析し、成果をそれぞれの媒体に分配して評価する手法です。
従来の一般的な評価モデルは「ラストクリックモデル」と呼ばれ、最後にクリックされた広告だけを評価するものでした。サッカーで言えば「ゴールを決めた選手だけが偉い」とする評価軸です。
しかし、実際には素晴らしいパスを出した選手(アシスト)や、ボールを奪ったディフェンダーがいなければ、ゴールは生まれません。広告も同じで、最初に認知させた広告(アシスト)を評価しないと、チーム全体(マーケティング全体)の力は弱まってしまいます。
アトリビューションを考慮すると、評価は劇的に変わります。
- 「ROASが悪い」と思っていたディスプレイ広告が、実は多くの新規ユーザーを連れてくる「起点」になっていたことが判明する。
- 「ROASが良い」と思っていたリターゲティング広告は、実は既に買う気のあったユーザーを追いかけていただけ(広告がなくても買っていたかもしれない)だったと気づく。
では、具体的にどうすればいいのでしょうか。Google広告やGoogleアナリティクス4(GA4)などの解析ツールを使えば、比較的簡単にアトリビューションモデルを変更して数値を見ることができます。
例えば、「減衰モデル」(コンバージョンに近い接点ほど高く評価するが、最初の接点も評価する)や、「データドリブン」(AIが貢献度を自動算出する)といったモデルに切り替えてレポートを見てみてください。
「SNS広告のCPAが高くて停止しようか迷っている」という時は、一度立ち止まってアトリビューション分析を行ってみてください。
「直接のコンバージョンは0件だけど、この広告をクリックした人の30%が、3日以内に別の経路で戻ってきて購入している」といった隠れたファインプレーが見つかるかもしれません。
ROASを正しく評価するとは、目に見える収穫だけでなく、「土壌を肥やす活動」にも適切な価値を与えることなのです。
6. ROASを改善するための具体的なアクションプラン
現状のROASが目標値(損益分岐点)を下回っている場合、指をくわえて見ているわけにはいきません。しかし、「なんとなく入札単価を下げてみる」といった対症療法的な対応では、表示回数が減り、売上の総額(パイ)が縮小してしまうリスクがあります。
ROASを構成する要素を分解すると、改善のアプローチは大きく分けて3つしかありません。
①クリック単価(CPC)を下げる、②コンバージョン率(CVR)を上げる、③客単価(LTV)を上げるです。
それぞれの難易度とインパクトを表に整理しました。自社の状況に合わせて、どこから手を付けるべきか検討してみてください。
| 改善アプローチ | 具体的な施策例 | 即効性 / 難易度 |
|---|---|---|
| ① クリック単価 (CPC)を下げる |
・除外キーワードを設定し、無駄なクリックを減らす。 ・品質スコアを改善し、低い入札額でも上位表示させる。 ・ターゲットを絞り込む(地域、年齢など)。 |
即効性:高 / 難易度:低 管理画面上の操作ですぐに実行できるため、まずはここから着手するのが鉄則。 |
| ② コンバージョン率 (CVR)を上げる |
・広告文とLPの整合性を高める。 ・EFO(入力フォーム最適化)を行う。 ・ページ表示速度を改善する。 |
即効性:中 / 難易度:中 LPの修正やABテストが必要になるが、成功すればROASへのインパクトは最大。 |
| ③ 客単価 (AOV)を上げる |
・セット販売やクロスセルを提案する。 ・「あと○○円で送料無料」のバーを表示する。 ・アップセル(上位商品)への誘導を強化する。 |
即効性:低 / 難易度:高 商品設計やサイト構造に関わるため時間がかかるが、利益率改善には不可欠。 |
私がコンサルティングを行う際、真っ先に見るのは「①除外キーワードの設定」です。
「ROASが悪い」と嘆いているアカウントを診断すると、BtoB商材なのに「○○ 求人」や「○○ とは」といった、購買意欲の低いキーワードで予算の3割近くを浪費しているケースが後を絶ちません。これらを除外設定するだけで、分母(広告費)が減り、分子(売上)が変わらないため、ROASは劇的に改善します。
次に「②CVRの改善」です。広告文で「今なら半額!」と煽っているのに、飛び先のページ(LP)に「半額」の文字が見当たらなければ、ユーザーは離脱します。広告文とLPのメッセージを一言一句合わせる。この基本的な「おもてなし」を徹底するだけで、CVRが1.5倍になることも珍しくありません。
7. CPA(顧客獲得単価)とLTV(顧客生涯価値)の関係
「CPAが高騰してしまい、初回購入だけでは赤字になってしまう……」
これは、定期通販(サブスクリプション)や消耗品、あるいはリピート性の高いサービスを扱う企業共通の悩みです。ここで重要になるのが、単発の売上ではなく、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)という視点です。
LTVとは、「一人の顧客が生涯(あるいは一定期間)にわたって企業にもたらす利益の総額」のことです。もし、あなたのビジネスがリピートを前提としているなら、初回ROASが100%を切っていても(=赤字でも)、LTVベースで黒字になれば投資は成功と言えます。
許容CPA = LTV × 粗利率 – 目標利益額
例えば、3,000円の化粧品(原価1,000円)を販売するとします。
初回購入だけ見れば、粗利は2,000円。もしCPAが5,000円かかっていれば、3,000円の赤字です。
しかし、データ分析の結果、「平均して年間4回リピート購入する」と分かっていたらどうでしょう?
- 年間売上(LTV): 3,000円 × 4回 = 12,000円
- 年間粗利: 8,000円
- 広告費(CPA): 5,000円(初回のみ発生)
- 年間利益: 8,000円 – 5,000円 = 3,000円の黒字
この場合、CPA 5,000円は決して「高い」数字ではなく、むしろ適正、あるいはもっと投資して顧客数を増やすべき局面かもしれません。
私が支援したある健康食品会社では、それまで「CPA 3,000円以内厳守」というルールで運用していましたが、競合に勝てず獲得数が伸び悩んでいました。そこで過去3年分の顧客データを分析し、半年以内のLTVを算出。「実はCPA 8,000円までかけても半年で回収できる」という事実を突き止めました。
許容CPAを8,000円に引き上げた結果、入札競争で競合に勝てるようになり、新規顧客獲得数が3倍に跳ね上がりました。
ただし、これには「リピート率の維持」が大前提です。CRM(メールマーケティングやLINE公式アカウント)でのフォローアップ体制がないままCPAだけを引き上げるのは、単なる散財になりかねませんので注意が必要です。
8. 広告レポートの数値を鵜呑みにしない注意点
「Google広告のレポートではCV 100件なのに、自社の管理画面では80件しか注文が入っていない。残りの20件はどこへ消えた?」
このようなデータの乖離(かいり)に悩まされたことはありませんか? 結論から言えば、広告媒体のレポート数値は、基本的に「媒体に都合よく」計測される傾向があると理解しておくべきです。
なぜこのようなことが起こるのか。主な要因は「計測基準の違い」と「重複計上」です。
| 乖離の要因 | 仕組みと現象 | 対策 |
|---|---|---|
| ① 媒体間の重複計上 | ユーザーが「Facebook広告をクリック」した後、「Google広告をクリック」して購入した場合、両方の媒体が「自分の手柄だ(CV1件)」とレポートに計上する。 実際は1件の注文なのに、合計2件に見える。 |
Googleアナリティクス(GA4)などの第三者ツールで、重複を除いた正しい経路を確認する。 |
| ② ビュースルーCV | ディスプレイ広告などが「表示されただけ(クリックしていない)」のユーザーが、後で自然検索などで購入した場合もCVとして計上される設定がある。 | 媒体の設定を確認し、ビュースルーCVを評価に含めるかどうか(基本は参考値程度にする)を決める。 |
| ③ 計測タイミングの違い | 広告媒体は「クリックされた日」にCVを計上するが、自社システムは「注文された日」に計上する。 今日クリックして明日買った場合、レポートの日付がズレる。 |
月をまたぐ際にズレが生じやすいため、月末の成果報告は数日のタイムラグを考慮して行う。 |
特に注意が必要なのは、Meta広告(Facebook/Instagram)やTikTok広告などのSNS広告です。これらは「広告を見た人のCV(ビュースルーCV)」を強くアピールする傾向があります。「ROAS 1000%出ました!」というレポートを見て喜んでいたら、実はそのほとんどが「たまたま広告が表示されていた既存顧客」だった、という笑えない話もあります。
「広告レポートはあくまで参考値であり、正解は自社の売上管理画面(カートシステムやSFA)にある」。このスタンスを崩さないことが、冷静な判断を下すための防波堤となります。
9. ROASが合わない広告からの撤退判断
広告運用において「始めること」よりも難しいのが、「やめること(撤退判断)」です。
「もう少し待てば成果が出るかもしれない」「ここで止めたら、これまでの投資が無駄になる(サンクコスト効果)」という心理が働き、ズルズルと赤字を垂れ流してしまうケースは非常に多いです。
撤退、あるいは停止の判断をするためには、感情を排した「撤退ライン」をあらかじめ決めておく必要があります。
私が推奨する撤退基準は以下の2ステップです。
1. 期間ではなく「クリック数」で判断する
「1ヶ月やったけどダメだった」という期間での判断は危険です。なぜなら、予算が少なすぎて十分なデータが集まっていない可能性があるからです。
目安として、「目標CPAの2〜3倍のコスト」を使ってもCVが0件、あるいは「100〜200クリック」されてもCVが0件の場合は、そのキーワードやクリエイティブは「見込みなし」と判断して停止します。統計的に見ても、これだけの母数があって反応がないものが、急に改善することは稀だからです。
2. 「部分撤退」と「完全撤退」を分ける
ROASが悪いからといって、広告アカウント全体を停止するのは早計です。「特定のキーワードだけが足を引っ張っている」ケースが大半だからです。
まずは、CPAが高騰している下位20%のキーワードや、クリック率の悪いバナーを停止(部分撤退)します。悪い部分を切り落とすだけで、全体のROASが目標値まで回復することはよくあります。
それでも改善せず、LPの修正やオファー(価格や特典)の変更を行ってもROIがマイナスのままであるなら、その時初めて「媒体からの完全撤退」や「Web広告自体の停止」を検討します。撤退は敗北ではありません。無駄な出血を止め、その資金をSEOやSNS運用、商品開発といった別の投資に回すための、前向きな経営判断なのです。
10. 事業成長に貢献する広告投資の考え方
ここまで、ROASやROIを高める方法を解説してきましたが、最後に一つ、矛盾するようなことをお伝えしなければなりません。
それは、「ROASを高めすぎると、事業の成長は止まる」という事実です。
どういうことでしょうか?
ROASを極限まで高めようとすれば、最も効率の良い「指名検索」や「リピーター」だけに広告を出し、少しでも効率の悪い「新規層」への配信を止めるのが正解になります。すると、見かけのROASは1000%や2000%になるでしょう。
しかし、それでは新規顧客が入ってこないため、売上の規模は徐々に縮小していきます(シュリンク)。
事業を成長させるためには、「限界CPA(これ以上かけたら赤字になるライン)」ギリギリまで広告費を投下し、ROASをあえて下げてでも、売上の総量(CV数)を最大化させるフェーズが必ず必要になります。
- 創業期・拡大期: ROASは最低限(損益分岐点トントンでもOK)にして、とにかく顧客数を増やす。市場シェアを取ることを優先する。
- 安定期・収益化期: シェアが取れてきたら、無駄な広告を削減し、ROASを高めて利益率を改善する。
「今の自社は、利益を守るフェーズなのか、それとも利益を削ってでも攻めるフェーズなのか」。
この経営戦略がないまま、担当者に「とにかくROASを上げろ、かつ件数も増やせ」と指示するのは、アクセルとブレーキを同時に踏めと言っているようなものです。
広告費は「コスト(費用)」ではなく「インベストメント(投資)」です。
100万円を使って120万円戻ってくるなら(利益20万円)、それは素晴らしい投資です。しかし、1,000万円を使って1,100万円戻ってくるなら(利益100万円)、効率(ROAS)は下がっていても、手元に残る金額は5倍になります。
小さな効率にこだわりすぎて、大きな成長の機会を逃していないか。ROASという指標の向こう側にある「事業の目的」を見失わないことが、最終的な勝者になる条件です。
利益を残しつつ事業を拡大させるために
本記事では、Web広告におけるROASとROIの違いから、具体的な改善策、そして事業成長のための投資判断までを解説してきました。
最もお伝えしたかったのは、「ROASはあくまで運用の指標であり、経営の正解はROI(最終利益)にある」ということです。
管理画面上の数字遊びに終始せず、人件費や原価を含めた泥臭い利益計算と、LTVを見据えた長期的な視点を持つこと。これが、変化の激しいWebマーケティングの世界で生き残る唯一の道です。
まずは今日、自社の「損益分岐点ROAS」を計算し直してみてください。そして、現在出稿しているキーワードの「検索語句レポート」を見て、明らかに無駄なクリックが発生していないかを確認する。この2つを実行するだけでも、広告費の無駄は確実に削減できます。
広告は、正しく扱えばビジネスを加速させる強力なエンジンになります。表面的な数値に惑わされず、自社の利益構造と向き合いながら、賢明な運用を行っていきましょう。

執筆者
畔栁 洋志
株式会社TROBZ 代表取締役
愛知県岡崎市出身。大学卒業後、タイ・バンコクに渡り日本人学校で3年間従事。帰国後はデジタルマーケティングのベンチャー企業に参画し、新規部署の立ち上げや事業開発に携わる。2024年に株式会社TROBZを創業しLocina MEOやフォーカスSEOをリリース。SEO検定1級保有
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